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1. 支部会長挨拶

和歌山支部会長の坂口育生でございます。
和歌山支部ホームページ開設にあたり一言ご挨拶申し上げます。
この度、当支部におきましても、労保連本部のご支援、ご指導を賜りながらようやく支部独自のホームページを開設することができました。
労働保険制度の健全な発展及び労働者の福祉の向上に寄与することを目的とした団体「全国労保連」の傘下の一支部として、昭和62年度以来一貫して、厚生労働省から受託した労働保険未手続事業一掃業務を地域に密着して活動する労働保険事務組合の強みを生かしながら、支部一体となって未手続事業の解消を進めるとともに、国の労災保険からの公的補償以外の補償である労災保険上乗せ補償を担保するための労保連労働災害保険事業を進めています。
併せて労働保険制度や労働保険事務組合制度の改正内容、関係行政機関の動き、労働保険事務組合業務運営の事例などを情報提供しているところです。
今般の支部ホームページ作成により支部の情報がWEB上で確認できる状態を実現し、外部に対する信頼感を高め、所在地・連絡先・事業内容・お知らせ等を公開し、利用者・関係先が必要情報にアクセスしやすくなるなど、団体全体の信頼性と利便性を高めることができるものと確信しているところです。
今後とも、皆様の信頼にお応えできるよう一層精進してまいる所存でございます。変わらぬご指導ご厚誼を賜りますようお願い申し上げます。

 
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2. 一般社団法人全国労働保険事務組合連合会和歌山支部とは

(一社)全国労働保険事務組合連合会(全国労保連)は、厚生労働大臣の認可を受けた、事業協同組合、商工会議所、商工会等、労働保険事務組合7,493事務組合で構成されています。因みに和歌山支部では107事務組合で構成されている。
その使命は、労働保険制度における労働保険事務組合の重要性から、労働保険事務組合の資質の向上、育成及び運営の指導・相談・連絡、労働保険適用事業場に対する労働保険制度の普及・啓発等を行い、労働保険制度の健全な発展及び労働者の福祉の向上に寄与することにあります。
このため、労働保険事務組合が直面する広範囲な課題に対する支援、委託事業主に対する労働災害に伴う労災上乗せ補償の費用を担保する事業のほか、厚生労働省から労働保険の適正加入に関する事業を受託し、国が行う未手続事業場の解消の一翼を担っています。
これらの事業を全国網羅的に、かつ斉一的に展開するため、47都道府県に支部を配置し、和歌山においては、一般社団法人全国労働保険事務組合連合会和歌山支部(和歌山労保連)が担っています。
 
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3 支部概要
①名 称 一般社団法人全国労働保険事務組合連合会和歌山支部 
②所 在   和歌山市北出島1丁目5番46号 和歌山県労働センター2階
③電話番号   073-433-6018
④FAX  073-433-4684
⑤受付時間   「9:00~17:00」(土・日・祝日を除く)
⑥設 立   昭和59年 3月 2日
⑦事務局   事務局長他事務局職員2名
⑧地図情報  

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4. 一般社団法人 全国労働保険事務組合連合会和歌山支部の設立と歴史 

労働保険事務組合制度の発足は昭和33年10月の失業保険事務組合制度の創設に始まる。労働者5人未満の事業場の任意適用に伴う一環として事業協同組合、商工会、商工会議所等の事業主団体が労働大臣の認可を受けて、その団体の構成員である事業主に代わって被保険者資格得喪の届出、保険料の申告、納付等の事務処理を行うことができる制度が誕生した。その後、労災保険にも昭和40年11月から労災保険事務組合制度が創設された。
昭和47年4月1日、労災保険及び失業保険の適用徴収業務の一元化を定めた「労働保険の保険料の徴収等に関する法律(以下「徴収法」という。)の施工に伴い、労災・雇用の両保険の事務組合制度が一本化されて労働保険事務組合(以下「事務組合」という。)となり、原則的には両保険を一元とした事務の委託を受けて処理することとなった。
そうした動きの中、各都道府県地域の事業主団体(事業協同組合・商工会議所・商工会等を基盤とする事務組合)は増加を続け、一公共職業安定所、労働基準監督署の範囲内での問題の処理や解決が困難となり、都道府県単位で対応しなければならない事案が多くなり、都道府県内の事務組合を結集する組織の結成を望む機運が生じてきた。
組織結成の嚆矢となったのは富山県、昭和35年7月1日に設立、翌年には青森、大分昭和37年に大阪府と続いた。昭和47年の徴収一元化施行後、各都道府県行政の労働保険事務組合連合会結成の要請が高まり、地域連合会を束ねる全国組織の連合会が望まれるにいたった。即ち、事務組合制度の円滑な運営のための助成制度、報奨金制度の拡大、保険料の納期延長、事務処理方式の合理化、労働省当局への要望事項等、都道府県単位では解決困難な諸施策の全国統一した運動が必要であることが痛感されるに至った。
一方、和歌山県においては、昭和47年失業保険課所管の失業保険事務組合と労働基準監督署所管の労災保険事務組合が一本化されて労働保険事務組合に生まれ変わり雇用保険課が所管することになった。
本県においても保険事務組合連合会設立の機運があり、商工会議所・商工会・中央会・社会保険労務士会からそれぞれに設立準備委員を選任して、労働保険事務組合連合会の設立を目指し、人事案もまとまり設立の目前の時、失業保険課から雇用保険課に制度が変わり、当該担当した課長が退任され後任の雇用保険課長が着任された。
後任の雇用保険課長は、労働保険事務組合連合会の設立に懐疑的で「時期尚早、他都道府県の動向を勘案してからでも遅くはない」と折角の機会を潰してしまった。このため行政に対する不信不満は根強く団体に残り、以後、中央から再三の要請があったにも関わらず進展せぬまま数年が経過した。
全国労働保険事務組合連合会からは雇用保険課長が代わる度に県労保連設立の要請があり、都度各団体に打診されたが、前述の経緯があったため進展しなかった。たまたま元和歌山県経済部長が、和歌山県社会保険労務士会の会長に就任されたことにより、社会保険労務士会をはじめ各団体との人脈と行政当局の斡旋で急速に労保連造りは進展した。既に全国で労保連が結成されていないのは本件と某県のみとなり、当時の雇用保険課長は、全国最終にはなりたくないと雇用保険課上げてのラストスパートにより、漸く昭和59年3月に設立総会を開くことができたが、残念ながら全国最終となった。
初代の和歌山県労働保険事務組合連合会会長に和歌山県商工会連合会の会長が就任することになった。その年の商工会連合会の役員改選で現会長が退任することになったため、和歌山県社会保険労務士会会長が就任した。当初の了解事項として労保連の会長は四団体の長が順番に就任することになっていたが、労働保険の業務については、社会保険労務士が精通しているということから社労士会の会長がその職に当たる暗黙の了解ができて現在に至る。
事務局は和歌山県庁内雇用保険課に置き事務局長には課長補佐が当たることとなった。
その後、コンピュータシステム導入が労働省の要請で進められたが、労働省のシステムはカタカナ表記であるのに対し、和歌山県商工会連合会では漢字表記のシステムを使用しているため、和歌山県は漢字方式を採用することとして本省の了解を求めるため、事務局長、商工会連合会システム担当、社会保険労務士会が上京した。当局の方針で県庁雇用保険課内に事務局を置くことで業務が展開されたが、雇用保険課長補佐が事務局長を兼務することが不可となり平成8年南海電車和歌山市駅の蔵前ビルに移転。平成10年7月に県労働センター新築に伴い移転し現在に至る。
 
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